鹿について
概要
日本には、在来種であるニホンジカの亜種が7種います。北海道のエゾジカ、本州のホンシュウジカ、四国・九州にいるキュウシュウジカの他、島しょ部にツシマジカ(対馬、長崎県)、マゲジカ(馬毛島、鹿児島県)、ヤクシカ(屋久島、鹿児島県)およびケラマジカ(慶良間諸島、沖縄県)です。ただし、近年では、「ニホンジカは南北2つのグループ-南日本グループ(九州および周辺島嶼個体群、四国西部、山口県)と北日本グループ(四国東部、兵庫県以東、北海道)-に分けられ、それぞれの祖先集団が大陸で分化した後に異なるルートで日本列島に入り、そして現在中国・四国地方で再合流していると考えられています」(立澤史郎「マゲシカの生息状況と保全上の課題」、日本鹿研究第12号)。
その他に、千葉県に外来種であるキョンが、和歌山県友ガ島にはニホンジカの亜種であるタイワンジカが、再野生化しています。
鹿被害と対策
鹿による被害:シカによる被害は農産物や森林被害が大きく、農産物被害だけでも年間160億円程度で推移しています。
また、シカと車や電車などとの衝突による交通事故が増加しており、人身事故も大きな問題になっています。
さらに、森林の下層植生をシカが食べつくすため、集中豪雨の発生による山林崩壊が都市災害につながる恐れも大きくなっています。
シカ被害対策:被害対策として、「個体数調整」、「被害防除」、「利活用」、「生息環境管理」「担い手育成」の5つを中心に全国で行われています。このうち、もっと行われているのが柵などで囲う「被害防除」です。中には集落全体を作で囲ったり、住居を囲ったりしている地域も中山間地域を中心に見られます。また、柵は動物によって効果が異なるので、シカだけではなくイノシシやサル被害に悩む地域では3種類の柵を張っているところもあります。
また、「生息環境管理」は、野生鳥獣の集落への出没を防ぐ目的で、畑の野菜くずや柿など果実の撤去などを行うなど、集落に餌を残さない取り組みです。しかし、全日本鹿協会は「生息環境管理」として、シカなどが棲める森作りが最も重要と考え、森林・里山整備活動を続けています。具体的には、間伐や広葉樹の植林、シカ柵設置などによって、シカの餌が豊富で、土壌崩壊などを起こさないしっかりと根の張った森作りです。
「個体数調整」は鹿を殺処分することで、個体数を減らす取り組みで、冬季の狩猟期以外に、夏季も含めた有害鳥獣駆除を国や地方自治体の助成を受けて行うことです。
現在年間60万頭以上が捕獲されていますが、環境省の推計によると、令和元年現在なお約260万頭(北海道を含む)が棲息していると推計されています。国は令和5年度までに152万頭までに減らす計画を立てています。
「担い手育成」は、近年のハンターの減少や高齢化への対策です。様々な施策が採られ、狩猟免許取得者は増加に転じていますが、実際に狩猟に従事する取得者が多くなっていないことが課題となっています。全日本鹿協会としても、行政や猟友会などと連携して、担い手育成に貢献していく予定です。
「利活用」は、無為に殺されているシカを資源として活用しようとする取り組みで、肉の他、皮、鹿茸、堅角、骨などの利用があります。また、協会では「生きたシカの活用」として鹿エコツアーを開催しています。
鹿産物(肉、皮、鹿茸、角、骨、ツアー)
鹿肉:
肉は高タンパク、低脂肪で鉄分に富み、西欧ではベニスン(venison)と呼ばれる高級肉です。脂肪には、オレイン酸などのオメガ3系列の不飽和脂肪酸を豊富に含んでいます。
鹿肉はなじみがないように思われますが、古代日本では鹿肉を猪肉とともに常食していたと言われます。肉のことを「シシ」と呼んでおり、それはイノシシ、カノシシ(鹿肉)のことと言われています。
参考
鹿研究創刊号「飲食店等における鹿肉の利用に関する調査報告」
鹿研究2号「鹿肉のインターネット販売の現状と課題」
鹿研究5号「エゾシカ肉の食味は牛肉や豚肉とどのように違うのか?」
鹿皮:
皮は柔らかく、しかも強いという特性を持っています。鹿皮革は、セーム皮として車やメガネ拭きとしてなじみがありますが、カバンや靴、手袋などにも広く使われています。伝統的な革製品である甲州印伝は鹿の皮が使われています。残念ながら、現在は中国のキョンの皮が使われています。
参考
鹿研究創刊号 「鹿皮と鹿幼角の開発・技術情報」
鹿研究2号「日本鹿セーム革の消費性能に関する研究」
鹿研究5号「動物皮(鹿皮)のなめし」
鹿茸:
ニホンジカのオスの角は、毎年生え変わります。4月頃から伸び始め、8月までは袋角(幼角)と呼ばれる皮膚と産毛に包まれた柔らかい角です。鹿茸(ロクジョウ)はこの袋角を切り取って乾燥したもので、古くから漢方薬として利用されてきました。2000年前の中国の『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』にも収載されており、薬効としては強壮、強精、鎮痛があると言われています。
中国や台湾ではもっぱら鹿茸採取のための養鹿が行われ、産業として確立しています(中国については、「日本鹿研究」第6号、台湾については、同第8号を参照)。わが国におけるロクジョウの使用量は毎年3トン程度で、すべて輸入品で約8割は中国から、残りはニュージーランドがほとんどと見られています。
国産については、2018年12月に「日本薬局方外生薬規格」が改定され、ニホンジカがロクジョウの基原種と認められ、ロクジョウの原料として使えることになりました。国産ロクジョウの生産には、野生ジカからの袋角の安定的な収集や、需要の掘り起こしなど課題山積ですが、全日本鹿協会として可能性試験を行っています。
角:
頭のついたオスの角は、「トロフィー」と呼ばれ、欧米を中心にハンターの一番の「獲物」です。堅角も漢方として使われるほか、ペットフードとしても人気があります。
参考
「ドイツ・オーストリアの養鹿業」 日本鹿研究第11号
骨:
ペットフードとしての利用などがあります。
参考
「愛玩動物(イヌ)に対するシカ副産物利用の検討」 日本鹿研究第9号
ツアー:
協会では、親子を対象に環境教育の一環として、シカのエコツアーを毎年行っています。内容はシカ被害の見学や森歩き、夜の鹿探索などです。
参考
鹿研究4号「野生鳥獣害対策としてのエコツーリズムの有効性」
養鹿について
家畜としてシカを飼うことは、北極圏でのトナカイの遊牧が古くから行われています。また中国では鹿茸を取る目的でシカを利用してきましたが、1950年代からは国営養鹿牧場が各地に作られました(日本鹿研究6号中国特集参照)。一方、欧州では鹿肉(ベニソン)を利用してきましたが、養鹿が産業として確立したのは1970年代のニュージーランドです(日本鹿研究7号ニュージーランド特集参照)。ニュージーランドは欧州を中心に鹿肉を輸出しています。一方、欧州でも各国で鹿牧場が展開されるようになっています。日本では、1970年代に北海道の鹿追町で鹿牧場が作られ、80年代後半から90年代にかけて鹿牧場の開設が相次ぎ、94年には90か所、5,900頭にまで増えました。しかし、多くの牧場は経営的に行き詰まり、牛のBSE(牛海綿状脳症)の影響もあり、現在では商業的な養鹿場はほとんど見られなくなっています。野生鹿を生体捕獲し、一時的に飼いなおす「一時養鹿」が北海道で行われており、注目されています。
参考
「世界における養鹿業の展開」 日本鹿研究第10号